夜中に救急搬送された娘に何が起きたのか?

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娘が、救急車でERに運ばれた。

留学エージェントの説明によると、ホストマザーが娘を病院へ連れて行ったところ、そこから更に救急車でダウンタウンの大きな病院に運ばれて緊急入院となったらしい。
詳細はまだ不明なので、わかり次第連絡するとのことだった。

私は気が動転して、その場に座り込んだ。

娘のLINEを開くと、私が昼間に送った「ローン通ったよー」のメッセージが未読のままだった。

座り込んだまま、どうしようもなくて、動けなくなった。
そのままの状態で1時間ごとにメッセージを送った。
不安で、怖くて、涙がポロポロこぼれてくる。

1時間経っても、2時間経っても、3時間経っても連絡はなかった。
もしものことがあったら、私ももう生きていけないかもしれない。
色んなことが頭をよぎる。
長い長い夜だった。

そして7回目のメッセージを送った少しあと、
2時19分に電話が鳴った。

電話に出ると、娘の声が聞こえてきた。

その瞬間、私はワーッと泣いた。

夜中だというのに、ワンワン大声をあげて泣いた。

たぶんあんな泣き方をしたのは小学校低学年のころ以来だと思う。
とにかく泣けて泣けて仕方なかった。

娘の説明によると、前回私とLINEでやりとりをした日の夜9時ごろ痛みが酷くなり、ホストマザーに病院へ連れて行ってもらったが、胸の痛みと息苦しさで横にもなれない状態で、処置のために無理に横にすると気絶する恐れもあったため、州で一番大きなこども病院へ救急搬送されたとのこと。

手や足や臓器ごとのスペシャリストの先生が7~8人ついて調べているが、詳細はまだわからず…ただ、肺に血のかたまりがあるらしく肺塞栓症が疑われた。

最初の病院で肺炎と診断されたのは、完全に誤診だった。

ホストマザーが病院へ連絡して血のかたまりを吐いたことを伝えたとき、病院が何らかの指示をしてくれていたら、娘がギリギリまで痛みを我慢することもなかったと考えると腹が立って仕方ない。

でも、命さえ助かればあとはどうにでもなると思っていたので、とにかく生きていてくれたことに安心した。

その後、様々な検査がなされると同時に、留学エージェントを通して私に何度も親族の既往歴に関しての問い合わせがあった。

問い合わせにあるような病気は、私の親族にはいなかったが、父親の方はわからない。

すると娘が直接父親に問い合わせて、あちらにも思い当たるような人はいないと言っているらしかった。

とにかく、娘の体は大変なことになっていた。

いつもありがとうございます。
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